「船乗りクプクプの冒険」(北杜夫)

再読しても、やはり面白さは変わりません。

「船乗りクプクプの冒険」(北杜夫)
 集英社文庫

宿題に飽きたタローが
手を伸ばした一冊の本
「船乗りクプクプの冒険」、
それはたった2頁しか
文章が載っていなかった。
キタ・モリオとは
なんてひどい作家だ、と
憤慨したタローはめまいを感じ、
眠りに落ちる。
気が付くとタローは…。

気が付くとタローは、
どことも知れぬ熱い砂浜にいて、
「船乗りクプクプ」として
船に乗り込むことになった、という
奇想天外なストーリーです。

実は私、小学生の頃、
本作品を友人に勧められて読みました。
あまりの面白さに
心を震わした記憶があります。
大人になって再読しても、
やはり面白さは変わりません。

本作品の味わいどころ①
物語の中に入り込む少年タローの冒険

海を舞台にした
少年の冒険物語を探せば、
「宝島」「十五少年漂流記」
やや硬派なところで「蠅の王」など、
いくつか見つかります。
しかし、少年タローが
物語の中に入り込み、
主人公クプクプとして冒険をする。
これはなかなか見つかりません。
海洋冒険ものの面白さを、
読み手である子どもたちが、
あたかも自分の身のまわりで
起こっていることのように
とらえることができるのです。
面白くないはずがありません。

本作品の味わいどころ②
ダメな大人・キタ・モリオの登場

クプクプの乗り込む船の「船長」、
水夫の「ナンジャ」「モンジャ」の二人、
そして名も与えられていない
「ジッパヒトカラゲの七人」など、
大人の登場人物の多くは頼りなく、
役に立ちません。
中でもひときわダメな大人が
キタ・モリオなのです。
調子はいいが何もできず、
都合が悪くなるとすぐ気を失う。
最後までいいところなしです。
でも、このキタ・モリオが
本作品において絶妙なエッセンスとして
作用しています。
読み手の子どもたちに対しては
「大人って決して立派な存在では
ないのかも」という安心感を与え、
大人の読者には「大人でも決して
立派である必要はないのです」と
優しく語りかけてくるようです。

本作品の味わいどころ③
そこここにちりばめられた文明論

クプクプの一行が
最後に乗り上げた島は、
恐ろしい人食い人種(と思われる人々)の
住む島でした。
実は彼らは高い文明を
持っていることが明かされます。
「わしたちの技術をもってすれば、
 ここに大都会をつくり、
 電気をおこし、
 文化的な生活を送るのは
 やさしいことだ。
 けれどもわしたちはそれをしない。」
「なんのために生きるか、
 幸福とはどういうことか、
 とかいうことを
 ついに忘れてしまうものだ。」

本作品の発表は1962年、
高度経済成長の真っ只中です。
挿入されている「文明論」は、
現代でも十分通用する内容です。

あまりにも禍々しい異世界へと転生する
ラノベやマンガが
氾濫している現代ですが、こうした
想像力をはたらかせる必要のある
作品こそ、
中学生に読んで欲しいと思います。

※キタ・モリオと「編集者」の二人だけが
 現実と異世界をつなぐ
 キーマンなのですが、
 そうした機能を
 一切果たしていないのも、
 現代からすれば
 かえって斬新に感じます。

※今日は
 日本人作家による漂流記という
 テーマで構成しました。
 午前はノンフィクションから
 「無人島に生きる十六人」(須川邦彦)、
 午後は奇想天外な空想小説である
 本書です。

(2020.4.7)

PexelsによるPixabayからの画像

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